みーの医学

2016年3月に110回医師国家試験に合格しました.医療従事者のためのWebサービスであるLafLaboの開発者です.

ナゾのATP製剤

アデホス-L-コーワ はアデノシン三リン酸を血液に注射する薬として販売されていて下記の効果があるとされている.

頭部外傷後遺症の諸症状の改善心不全筋ジストロフィー症急性灰白髄炎脳性小児麻痺<弛緩型>進行性脊髄性筋萎縮症調節性眼精疲労の眼調節機能の安定化耳鳴難聴慢性胃炎の消化管機能低下慢性肝疾患の肝機能の改善

これすごーくアヤシイ.以下にみーの疑問点を列挙してみます.

ATPってどうやって細胞内に取り込まれるの?

ATPは細胞内のTCA回路にて合成されるがそれが外部に分泌されたり外部から取り込まれたりという話は聞いたことがない.

ATPの受容体があるのか?

細胞外のATP濃度を感知する受容体があれば作用に納得できるがそんな話も聞いたことがない.

ATPって血液中で分解されそう

血液中でATPがATPとして存在できるのか?加水分解されて一瞬でADPやアデノシンになりそうな気がする.

せっかくなので薬効の論拠となっている論文を1つ読んでみました.

モルモットに実験的にIRCAという病態を作り出し血流速度がATPの腹腔注射で改善されることからATPには素晴らしい効果があるということを示した論文*1である.

この実験は一見素晴らしいように見えるがみーは怪しいと考えている.

1つにコントロール実験が不十分だからである.例えばATPを腹腔に注射する実験のコントロールとして生理食塩水を腹腔内に注射した別のモルモットのデータを掲載すべきである.もしかすると腹腔内注射によってモルモットが痛がって交感神経が活性化し血流速度が上昇したのかもしれないよねという反論ができるのである.

また図2にATP注射後の血流速度の経時的変化を示しているがこれによるとATPの効果は長く見積もっても30分大きな効果を示すのはたったの10分であることが分かる.つまりATP注射の効果はとても短時間で1回5~40mgを1日1~2回(用法)投薬したぐらいではまったく効果がないのではないかと疑ってしまう.

科学者としてはひよっこのみーがこれだけツッコミできる論文も珍しいがこれを論拠にATP製剤は効くんだよ!と主張されても首をかしげてしまう.

ATP製剤は生物内にありふれたATPを含むだけなので副作用がほとんどないと思われるので処方されても安心ではあるがほとんど効果がないと思われる薬にいくらかを支払うのはアホらしい.しかもATP製剤のプラセボ群との比較資料がまったく見当たらないのはみーの検索能力が低いからだろうか.

ということでみーはATP製剤はほとんど効果がないと思うしメニエール病などのめまいの患者さんにこういった薬を処方することに意味があるのか?と疑問に思っています.

 P.S. ちなみにさらに調べてみるとATP腸溶錠20mg「日医工」*2という製品があるらしい.

これ絶対に効果がないと思う.腸で取り込まれる過程で絶対に分解されてアデノシンになっているはずだもん...と思って検索したら,ATPのサプリメントでは血中ATP濃度は上昇せず尿酸などの最終代謝産物の濃度は有意に上昇した,という論文がありました. *3

*1:内耳末梢血流に関する研究 ―実験的スラッジ現象におけるATPの効果― 吉田萬子ら 耳鼻 29 63-69, 1983. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibi1954/29/1/29_63/_article/-char/ja/

*2:http://www.qlife.jp/meds/rx12656.html

*3:Adenosine 5′-triphosphate (ATP) supplements are not orally bioavailable: a randomized, placebo-controlled cross-over trial in healthy humans Ilja CW Arts1*, Erik JCM Coolen12, Martijn JL Bours1, Nathalie Huyghebaert3, Martien A Cohen Stuart4, Aalt Bast2 and Pieter C Dagnelie1 Journal of the International Society of Sports Nutrition 2012, 9:16 doi:10.1186/1550-2783-9-16 http://www.jissn.com/content/9/1/16/abstract