救急外来に,治療困難な段階まで進行した肝細胞癌の患者さんが救急車で来院しました.数日前から腹痛と呼吸苦が急に出現したそうです.精査した結果,肝細胞癌破裂による腹腔内出血*1を認めました.
肝細胞癌破裂は肝細胞癌の死亡原因の1つで,動脈塞栓術によって治療を行います.また,出血のためショックバイタルになっており,早急な輸液と輸血が必要な状態でした.医学的には入院して治療を行わないと数日のうちの死亡する可能性が高い状態でした.しかしながら患者さんはこれ以上の治療を望んでおらず,自宅で最期を迎えたいから今日は家に帰りたいと言いました.
患者さんに入院を希望しない理由を尋ねると,「主治医とはこれ以上の治療を行わない方針になっているから」とおっしゃいましたが,よくよく話を聞くと,「肝細胞癌の治療をしてもらったけども痛いだけで全く効果がなかった」「入院しても何もしてもらえないし,主治医が1回も来なかった日もあった」「病院の食事は美味しくない」「入院の部屋に関してトラブルがあった」など,主治医や病院に対して不信感がある様子でした.
主治医や病院に対して不信感があるのに,これ以上の癌治療は行わないという決断をすることは果たして意味があるのでしょうか.癌治療は行わないと言いながらも救急要請をしていることから,今の苦しさをなんとかして欲しいという気持ちがあるのは明らかです.また,在宅医療などの緩和ケアの導入がほとんどなされていない状態だったため,このまま帰宅しても急変してどうしようもなくなってしまうことが予想されました.最終的には,輸血を行いながら在宅医療の導入を行うために短い間だけ入院するということで納得されました.
医者として働いていると,患者さんに適切な治療をできているか不安になることが多いです.しかし,「主治医が1回も来なかった日もあった」という発言から,入院中の患者さんに「調子はいかがですか?」と毎日話をしに訪れるだけでも十分に意味があると教えてくれました.患者さんと向き合うのは時に辛いことですが,目を逸らしてはいけないのだと実感しました.
*1:肝細胞癌破裂例の治療 と予後 http://journal.jsgs.or.jp/pdf/023122757.pdf