症例報告を作成する上で重要なことは,「良い症例を選ぶ」ことです.
良い症例とは
抗生剤関連下痢症を例に考えてみましょう.
症例1
60歳,男性.多発性骨髄腫に対して化学療法中.発熱と低酸素血症のため受診した.胸部X線検査で浸潤影があり,肺炎と診断した.抗生物質を投与したところ解熱したが,第3病日に再度発熱し,新規の下痢が出現した.便検査でCD毒素陽性が判明し,Clostridioides difficile 腸炎と診断し,抗生物質の中止とともにバンコマイシン内服を開始したところ,下痢は止まり解熱した.
症例2
60歳,男性.多発性骨髄腫に対して化学療法中.発熱と低酸素血症のため受診した.病歴から肺炎を疑い,抗生物質を投与したところ解熱したが,第3病日に再度発熱し,新規の下痢が出現した.Clostridioides difficile 腸炎を疑い,抗生剤を中止したところ,下痢は止まり解熱した.
2つの症例はどちらが症例報告に適しているでしょうか.症例1の方が書きやすそうです.病態が検査で裏付けられているのが理由です.つまり,
- 適切な検査が行われている症例
- 確定診断されている症例
- 病態に医師の主観的判断が介在しない症例
が症例報告に向いているといえます.
もちろん日常診療で症例2のように患者を診察することは可能です.しかしながら,第三者に説明する時にどうしても不確実性が問題となります.発熱と低酸素血症の鑑別疾患は肺炎だけなのか?第3病日の発熱は本当にClostridioides difficile 腸炎だったのか?抗生剤による薬剤熱とも解釈できるのではないか?など,指摘される可能性があります.
良い症例は待っていてもやってこない
「レポートの期限がもうすぐだけど,なかなか良い症例に出会えない」という愚痴を時々耳にしますが,良い症例は勝手にやってきてくれるのでしょうか?先程の抗生剤関連下痢症の2つの症例は,同じ症例の見方を変えただけとも捉えられます.つまり,適切な検査を行って確定診断をし,病態に医師の主観的判断が介在しない状態で患者を治療することができれば,多くの症例は良い症例となりうるはずです.
医師の能力がよく現れるのは,内分泌疾患だと思います.甲状腺機能亢進症の症例が見つからないのは,手が震える患者を診察しても,本態性振戦と決めつけて,TSHをオーダーしていないからかもしれません.SIADHの症例が見つからないのは,低Na血症の患者を診察しても,血漿AVP値をオーダーしていないからかもしれません.
みーは今まで悪性リンパ腫の症例における低Na血症をあまり深く考えていませんでしたが,SIADHの基準を照らし合わせると意外に多くの症例が該当することに最近気が付きました.低Na血症の原因の1つとして悪性リンパ腫が知られています *1.
良い症例になりやすい疾患
疾患にも症例報告の向き不向きがあります.同じ腹痛を来す疾患でも,過敏性腸症候群よりは憩室炎の方が診断が明確です.
初期研修で提出しなければならない疾患群について,頻度が多い疾患を中心に,代表的な疾患のリストを作成してみました.カッコに必須の検査をあわせて記載しました.
症状 | 疾患 |
---|---|
不眠 | うつ病 アルコール依存・離脱症候群 ステロイド不眠症 甲状腺機能亢進症 |
浮腫 | 心不全 甲状腺機能低下症 深部静脈血栓症 |
リンパ節腫脹 | 悪性リンパ腫(リンパ節生検) 伝染性単核球症 |
発疹 | 薬疹 アレルギー 帯状疱疹 |
発熱 | 肺炎 (喀痰培養,薬剤感受性試験) 発熱性好中球減少症 腎盂腎炎 胆嚢炎/胆管炎 髄膜炎(腰椎穿刺) |
頭痛 | 髄膜炎(腰椎穿刺) 偏頭痛 クモ膜下出血 |
めまい | 良性発作性頭位めまい症(頭部MRI,耳鼻科検査) メニエール症候群 小脳梗塞(頭部MRI) |
視力障害,視野狭窄 | 緑内障 糖尿病性網膜症 脳梗塞(頭部MRI) 大動脈炎症候群 |
結膜の充血 | ヘルペス性結膜炎 緑内障発作 |
胸痛 | 心筋梗塞(冠動脈造影検査) 気胸 出血性胃潰瘍(内視鏡検査) 肺血栓塞栓症(肺血流シンチグラフィ) |
動悸 | 心房細動 大動脈弁狭窄症 貧血 |
呼吸困難 | 慢性閉塞性肺疾患 間質性肺炎 アナフィラキシー 心不全 胸膜中皮腫 |
咳・痰 | 肺癌 間質性肺炎 |
嘔気・嘔吐 | 膵炎 腸閉塞 |
腹痛 | 虚血性腸炎 虫垂炎 卵巣腫瘍茎捻転 腸穿孔 |
便通異常 (下痢,便秘) | 化学療法に伴う下痢 Clostridioides difficile 腸炎 腸閉塞 |
腰痛 | 脊柱菅狭窄症(腰部MRI) 脊椎圧迫骨折 椎間板ヘルニア(腰部MRI) |
四肢のしびれ | 化学療法に伴う末梢神経障害 慢性炎症性脱髄性多発神経炎 過換気症候群 |
血尿 | 尿路結石 出血性膀胱炎 腎盂腎炎 |
排尿障害 (尿失禁・排尿困難) | 神経因性膀胱 前立腺肥大症 |
みーが血液内科を専攻しているからかもしれませんが,上記症状は化学療法の有害事象としてしばしば遭遇します.ボルテゾミブ使用中の骨髄腫の患者の多くは四肢のしびれの良い症例となり得ます.
良い症例報告を書くためには,日々患者をしっかりと診察することが重要なのだと改めて感じました.
良い症例を選ぶための参考になれば幸いです.