医師をしていると,ともすればヒトのことばかり勉強しがちですが,他の動物のことを勉強すると理解が深まります.いろいろな動物の肺の仕組みについてまとめてみます.
呼吸する3つの方法
呼吸(外呼吸)とは,空気に含まれる酸素を取り入れて,必要な組織に酸素を運搬し,不要となった二酸化炭素を運搬して空気に放出する過程のことです*1.大まかに3つのメカニズムが知られています.
- ヒトの肺 (哺乳類)
- 鳥の肺 (鳥類)
- 昆虫の気管
これを視覚的にまとめたGIFアニメーションを見ると理解が深まります.
ヒトの肺 (哺乳類)
哺乳類は,横隔膜を動かすことで,胸郭の圧力を下げて,空気を引き込みます.
鳥の肺 (鳥類)
鳥類には前気嚢と後気嚢という空気を出し入れするための袋があります.肺そのものは膨らんだりしませんが,2つの気嚢を協調して動かすことで,肺に一方向に空気が流れます.
哺乳類は息を吐く時には酸素を取り込めませんが,鳥類は息を吐く時にも酸素を取り込めます.また,機能的残気量が圧倒的に少ない構造です.そのため,酸素をより効率よく取り込むことができます.
また,哺乳類の肺は膨らむ機能と換気機能を併せ持っているため,構造的に弱いのですが,鳥類はこれらの機能を分離しているので,安定した構造となっています.
昆虫の気管
昆虫は体の横にある気門という孔から空気を拡散の原理で取り入れて,気管を通じて組織に酸素を届けます*4.
拡散の原理で酸素を届けるにはエネルギーが不要です.酸素が消費されると酸素濃度が低下するため,空気の酸素と濃度勾配が生じ,酸素が移動するわけです.哺乳類や鳥類の肺は,空気を移動させるためにエネルギーを使います.
しかし,体が大きくなると拡散しにくくなります.したがって,昆虫はあまり大きくなれないと言われています.
バッタなど一部の昆虫には気嚢が存在し,呼吸を補助するために空気の流れを作ります.
人工呼吸の方法
手術などでは,鎮静剤や筋弛緩剤を使って自発呼吸を止めることがあります.また,何らかの疾患により,自発呼吸ができなくなることがあります.人工呼吸をすることで一時的に生命を維持することができます.
哺乳類の場合は,気管に挿管チューブを入れて,陽圧換気をします.挿管チューブを通じて肺に圧力をかけることで,肺をふくらませることができるからです.
しかしながら,鳥類の場合は,挿管しても効果が乏しいです.なぜならば,すべての気嚢が膨らむだけでは,肺に空気が流れないからです.獣医が鳥類の手術をする時は,気嚢カヌラ (air sac cannula) を使用します.1つの気嚢に直接チューブを挿入することで,肺に一方向に空気を流すことが可能です.
気嚢カヌラを挿入された鳥の写真を見ると,お腹に空気が送られているように見えるので違和感がありますが,鳥の肺の仕組みを考えれば,合理的な方法なのだと理解できます.
昆虫は拡散の原理で酸素を運搬するため,自発呼吸する必要がありません.したがって,昆虫には人工呼吸する必要がありません.
もし,いろいろな動物を手術する病院で働くことになったとします.鎮静剤や筋弛緩剤を使うと呼吸が止まるので,ヒトには挿管・人工呼吸する必要があります.鳥には気嚢カヌラを挿入する必要があります.昆虫にはそのような処置は不要です.
*1:http://plaza.umin.ac.jp/~histsite/5resprtxt.pdf
*2:An animated guide to breathing
*3:J. B. West, R. R. Watson, Z. Fu European Respiratory Journal 2007 29: 11-17. Figure 1 link
*4:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmbe1987/10/11/10_11_19/_pdf